知りたいという欲求と無理だという確信の間で
「どうしようもないアホ」
それが、学校生活が始まって以降の自分への周囲からの評価だ。
投げかけられるメッセージや、数えきれないほどの学習場面の出来事の中で、
もちろん、自分でも「オレは箸にも棒にもひっかからないくらい頭が悪い」と思っていた。
だって、オレ以外のやつらは、みんな字が読めて書けた。
ゴム跳びがどうしてもできなかったやつでも、
トランプのルールをいつまでも覚えられないやつでも、
とろくて、仲間の動きについていけないやつでも、
みんな字が読めて書けた。
遊びの時は、オレはいつも輪の中心にいた。
できないやつを見つけては、やり方を教え、終わるのを待ち、
周りの友達に「○○がまだや、ストップ」と号令をかけた。
「toraくん、教えて」
「toraくん、どうやるの」
よく聞かれていた。
でも、オレが
「いいか、ここにひっかけんねん。こっち向いて跳んでると、次のゴムがとべへんやろ、だからこう体をひねって・・・」
とやって見せていた相手も、みんな苦も無く(当時はそう見えた)文字を読んで書いていた。
遊びの中で、いつも半泣きだったような子が、
授業中はみんなと同じようにノートを取っている。
「ああ、あいつも書けんねや・・」
何度も何度もそんな思いをくり返した。
子どもは残酷だ。
「こんなこともできないの?」という思いは、実に素直にわいてくる。
友達の流れについていけないやつを見ながら、オレも幾度となく、
「こいつ、こんなこともできんのか」と思っていた。
そんな相手より、何もできない自分・・・。
「オレはどうしようもないアホ」という確信は、年々大きくなっていった。
読むこと、書くことは、オレには「無理」が前提の日々だった。
テスト?
名前はなんとか書いたかな。
小学校の頃は、それでも授業には出ていたので、
テストを眺めていると「ああこれ、あの時のことやな」とわかるものもあった。
○をつけるだけのものもある。
特に転校したての頃は、なんと頑張りたくて、必死で書こうとしていた。
でも、8点、12点・・・
結果はいつも悲惨なものだった。
いつだったか、「あっこれわかる」「これもわかる」と思いながらテストに向かったことがあった。
理科だったか、社会だったか、
実験か見学か、何かそうした体験とリンクしていたと思う。
問題文が全てわかったわけでは、もちろんない。
でも、図や写真から「ああ、わかる」と思った。
なんだかとても高揚して、「オレできるやん」と嬉しくなりながら書き込んだ。
結果は・・・いつもと同じ。
いつもと同じ悲惨な点数。
でも、でも、オレのショックは大きかった。
先生に「おしかったな」と言われた覚えがある。
オレの「わかった」は間違っていなかった。
でも、正しく書けていなかったんだ。
例えば「大阪城」が答えだったとする。
漢字は全く書けなかったから、当然ひらがなだ。
そもそもひらがなで書いた時点で×の先生もいた。
なんとかひらがなでも点数をくれた先生でも、
「おうさかじょう」これで×だ。
話し言葉ならOKでも、書き言葉は違うとか、
意味が分からない。
「この問題の答えは「おうさかじょう」であってるやん。なんで×なん・・」
悔しかった。
テストに下手に向かうと、そんな苦い体験ばかりが増えていく。
「できた」と思って書いた答えに、でっかい×がついているのを見るのは、つらかった。
「がんばって12点」より、
「白紙で0点」がマシだと思うようになっていった。
だって、オレには「わかる」問題でも正解が書けない。
それは×だし、「できる」ではない。
「わかる」でさえ×なんだ、
「わからない」ことができるわけもない。
記憶にあるかぎり、オレの通知表の評価は、
体育や家庭科、図工に音楽あたりに時々2がついたが、
いわゆる勉強系の教科は、オール1だった。
体育はずば抜けてできたし、
家庭科や図工も実技は友達よりできたと思うが、
なにせ態度が悪かったんだろう。
ろくな評価をもらった覚えはない。
終業式の季節になると、ニュースで通知表を見せ合う子ども達のはしゃいだ映像が流れる。
おそらくは、一般的な風景なんだろう。
でも、オレには共感できない。
通知表はとりあえず受け取ったし親にも見せたが、
「なくすとうるさいから」ぐらいの気分だった。
中身を楽しみにしていたり、どきどきしてうけとったりした覚えもない。
オレの勉強=最低の評価
これは見るまでもなく、確定したものだったから。
そんな自分が「もっと知りたい」とか「勉強したい」なんて言ったら、
絶対「笑われる」と思っていた。
人に言うどころか、自分でそんなことを考えることさえ、
「身の程知らずでかっこ悪いこと」だと感じていた。
だからだれにも言えなかった。
でも、オレは知りたいことがいっぱいあった。
今ならわかる。
今なら言える。
オレ、勉強したかった。
実験、見学、大好きだった。
「沸騰」という現象は、もちろん生活の中で知っていた。
物心つくころには、インスタントラーメンぐらい作れたので、
「ぽこぽこ」水が泡を吹き始めたら「お湯が沸いた」ということくらいわかっていた。
でも、それに「沸騰」という名前があることや、
ものによって沸点が違うこと、
気化したものが、冷やされることでまた液体や固体にもどること、
冷たいジュースの入ったコップにつく水滴も、そんな働きでついていることなんて、
理科の授業で初めて知った。
「知る」と世界が広がる。
いつもの鍋の中のお湯のぽこぽこを見て「おっ沸騰した。100度やな」と思い、
麦茶の入ったコップにつく水滴に、「このへんの水蒸気が冷えてくっついたんやな」と、
にやりとした。
身の回りの「当たり前」に、理由があること、決まりがあること、
それを知るのは、ものすごくわくわくする体験だった。
その辺の雑草の中で、オレ達が吐いた二酸化炭素が酸素に変えられているなんて、
めっちゃ感激だった。
毎日見ていた何気ない風景の中に、「すげー」がいっぱいあった。
見学も大好きだった。
パンの工場を見に行ったのは、何年生だっただろう。
でっかい機械がいくつも並んで、
大量にパンが作られていく。
いつも買い食いしていたおなじみのパンが、
「こうして作られてたんや」とわかったときの感激は、今も覚えている。
当たり前のように袋に入って店に並んでいるパン。
子どものオレには、「そこに始めからある」もののような感覚だった。
それが見学してみて、「店に並ぶまで」があることを初めて意識した。
そうなると、色々なものに「ここに来るまで」があることがわかる。
お菓子1つにしても、道を走るかっこいい車にしても、
「ここに来るまで」があるんだと思うと、どきどきした。
「どうやってこんなもん作るんやろう」
そう思って眺める世界は、楽しかった。
50前になった今も、
テレビで科学系の実験番組があると、食い入るように見てしまう。
世界中の遺跡の発掘や、そこにまつわる古い文明を扱った番組なども大好きだ。
パソコンやスマートフォンで、時間があると気になる言葉を検索しては、
動画を探して見入っている。
世界には不思議なことがたくさんあって、
自分は知らないうちにそんな「不思議」といつも共存している。
そう思うと、本当にわくわくする。
知りたいことは、無数にある。
「オレ、勉強したかったなあ」
最近、心からそう思う。
妻が「歴史の勉強をしてから、ニュースが好きになった」と話していた。
その感覚がわかる。
「知る」ことが広がると、色々なものに魅力を感じる。
それがたっぷりできたはずの学校時代なのに、
オレはずっと一番したかった「勉強」と一番遠いところにいたような気がする。
「勉強なんてしょうもない」
「テスト?0点でべつにええやん」
そううそぶいて、虚勢をはっていた。
本当は、知りたいことだらけだった。
聞きたいことだらけだった。
別に、研究者になりたいとか、そんなんじゃない。
「もっと知りたい」と素直に思ったり伝えたりしたかっただけだ。
実験や見学は大好きだったが、そんな時間でも、
「それってどういうこと?」
「こんなことしたらどうなるん?」と聞いてみたいことがあっても、
「お前みたいなアホが何言うてるねん」と思われそうで、言えなかった。
被害妄想?
そうかしれない。
もしかしたら、聞いたら先生や友達は答えてくれたのかもしれない。
でも、答えてもらってもオレがわからないかもしれない。
だってオレは「どうしようもないアホ」やから。
ひらがなの読み書きもアヤシイヤツやから。
オレが「わからない」のがバレたら、どうしよう。
恥をかくだけ。
そんな思いばかりでいっぱいいっぱいだった。
この年になって、2つの試験の勉強をしてみてわかったこと。
・一度覚えたものは、忘れても思い出しやすくなっている。
・関係した言葉を聞いたり場面に出会ったりすると、勉強したことが連想して出てくる。
オレみたいに長年「勉強」と縁がなくても、その実感がある。
ということは、オレ、あきらめずに勉強していたら、
もしかしたら「無理」だと思っていたことも、覚えたりわかったりできたんじゃないか。
もったいなかったなあ。
もったいなかったなあ。
なんでオレはあきらめてきてしまったんだろう。
「わかるって楽しい」「知るっておもしろい」
オレ、知ってたのに。
文字の読み書きが、今よりもっともっとできなかったころだって、
オレ知ってたのに。
「今からでも遅くない」
そう言ってくれる人もいる。
そうかもしれない。
いや、そうなんだろう。
もちろん、今は大手をふって「知りたい」と言えるし、
自分で調べたり人に聞いたりして「勉強していきたい」と心から思う。
でも、とりもどせない時間への後悔も、ぬぐえない。
ぽこぽこと沸騰するビーカーの中の水に心躍ったあの頃、
光合成という自然の営みを知って世界の見方が変わったあの頃、
もっともっと勉強したかった。
知識欲は、ほぼオール1だったあの頃のオレにも、確かにあったんだ。
わかっても×のテストを前に、
ずば抜けて低い評価だけが並ぶ通知表を前に、
「ああオレはあかんねんな」と思ったオレに言ってやりたい。
お前はわかってる。正しく書けなくても、わかってるんやで。
「恥ずかしい」でなく「楽しい」でええんやで。
あんな、オレ、50前やけど、
眼鏡は遠近両用やし、記憶力もアヤしくなってきたけど、
勉強してんで。
勉強するのって、楽しいで。
覚えたことがつながっていくのって、ぞくぞくすんで。
どんなにがんばっても、知らないことの方が圧倒的に多いのはわかってるけど、
それだけ「知らない」があるってことは「わかった」のチャンスもそれだけあるってことや。
「わかった」っておもろいで。
気持ちええで。
自分はダメなんだと確信していたオレが、
「そうなん?」と信じたくなるまで、
繰り返し伝えてやりたい。
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